「世界の中で日本の金融リテラシーは低め」って本当?

株式会社イノベーション・インテリジェンス研究所 代表取締役社長(当協会理事) 幸田 博人さん
「金融リテラシー」という言葉を聞いたことはありますか? 実は、金融リテラシーがあれば、自分の資産を増やしたり、守ったりする際に大きな効果を発揮するのです。「金融リテラシー」について初歩から聞いた前回に続き、今回も『金融リテラシー入門(基礎編・応用編)』(金融財政事情研究会2021年)などの著書がある、イノベーション・インテリジェンス研究所社長の幸田博人さんに、世界における「日本の金融リテラシーの特徴」についてお話を聞きます。
――日本では、「金融リテラシー」はどのような状況でしょうか。
幸田博人さん(以下敬称略):「日本は世界において金融リテラシーがかなり低い」と認識されるようになったのは、ここ10年くらいでしょうか。それまでは、“読み書きそろばん”が重視されてきましたが、経済が大きく発展するなかで、個人の将来の生活設計や資産形成がより重要になり、「金融リテラシー」の必要性が切実に増してきていると感じます。
かつての10年前の海外の調査(S&P Global Financial Literacy Survey(2015))によると、1位から順に、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン(同率1位)、カナダ、イスラエル(同率4位)、5位英国、ドイツ、オランダ(同率7位)、オーストラリア、フィンランド、ニュージーランド、シンガポール、チェコ、スイス、米国、ベルギー…といった順番です。(スイスと米国は同率14位)。
そんな中、日本は、38位と下位です。「金融リテラシー」のある成人の割合は、1位の国では71%に対して、日本では43%という状況です。
――日本で「金融リテラシー」が低いのは、どんな理由が考えられますか? 例えば「投資経験が少ない」などもあるでしょうか。
幸田:特に日本では投資経験が少ないということではないと思います。昔は“米(こめ)相場”などもありましたし、日本は資本主義社会で、ビジネスとお金は切っても切れない関係であったはずです。
しかし、戦後の復興のなかで、日本銀行や民間金融機関が中心となり預金増強運動が行われた影響が大きいと感じます。1980年ごろまで「貯蓄は預貯金でしましょう」ということが行われました。当時は金利も高く、銀行にお金を預けておけば利息がしっかりついて安心という意識が浸透していたのです。
バブル崩壊後の2000年以降は、デフレが続き、超低金利で預貯金だけでは増えない時代になりました。そうしてここ10年ほどで「金融リテラシーが必要なのでは?」と注目されてきたと感じます。
――日本と海外とでは、資産に対する意識も異なりますか?
幸田:日本、米国、ユーロ圏においての家計の金融資産構成の割合は、以下の通りです。
日本…現金・預金(54.2%)、保険・年金等(26.2%)、株式等(11.0%)、投資信託(4.4%)等
アメリカ…株式等(39.4%)、保険・年金等(28.6%)、現金・預金(12.6%)、投資信託(11.9%)等
ユーロ圏…現金・預金(35.5%)、保険・年金等(29.1%)、株式(21.0%)、投資信託(10.1 %)等。
出典:日本銀行「資金循環の日米欧比較」(2023)
アメリカでは、資産運用が盛んで、ヨーロッパもそれに続いており、日本は預貯金で資産を保有するのが一般的という構造です。
とはいいましても、欧米において、昔から資産運用が盛んだったわけではありません。金融教育が行われ、資産形成の大切さを国民が学んでいったことにより、現状の割合になっているのです。日本でも、今後金融教育が盛んになり、「金融リテラシー」を身につけていくことで、この割合は変わっていくのではないでしょうか。
――昨年から新NISAが始まるなど、初めて投資の経験をする人も出てきているようです。
幸田:経験を積むことは、「金融リテラシー」を身につけるうえで、とても大切なことですね。
株や投資信託など、マーケットによって価格が変動するものに投資をすると、増えたり減ったりすることが理解できますし、個別の株式投資なら、議決権を得て株主総会に参加することもできるでしょう。
学ぶことももちろん大切ですが、少額でも自分のお金で実際にそのような経験をしていくことで、理解がより深まります。
これまで日本では、貯金が美徳のような風潮がありましたが、NISAやiDeCoなどといった税制優遇制度が整ってきた今、投資に向けて一歩踏み出す人が増えていけば。状況は徐々に変わっていくのではと思います。
――「金融リテラシー」が身につけば、私たちの経済的な豊かさも変化していくでしょうか。
幸田:はい、実際に、金融リテラシーのある成人の割合が高い国は、一人当たりのGDPが高いという相関関係にあるデータがあります。
日本では超低金利が続いており、預貯金だけに資産を置いておくのは、必ずしも増えることにはつながりません。資産運用は、世界経済の成長とリンクしていますので、取り組むことで投資による果実が得られ、資産アップにつながるでしょう。それにより、生活水準を高めることにもつながります。
日本においても資産運用が定着していけば、経済的な豊かさが得られる人が増えることは、十分に考えられます。
特に昨年から始まった新NISAの仕組みは、投資をする上で、かなり本格的ですね。一昨年までのNISAでは、つみたてNISAか一般NISAかどちらかしか使えませんでしたが、新NISAでは両方の機能を使えます。
また、1年あたり、これまでは最大120万円まででしたが、新NISAでは最大360万円まで増えました。生涯投資枠として1800万円の上限はありますが、売却によって枠ができれば再び投資もできるため、長い期間をかけて非課税で投資をしていくことが可能な時代となりました。預貯金中心だった日本でも、資産形成のために投資をしていくことが定着していく、大きなきっかけになるだろうと思います。
――最近はSNSや動画サイトなど、さまざまな情報を目にする機会が増えています。
幸田:そうですね。個人が発信するSNSや動画サイトでは、金融商品を正しく紹介していなかったり、虚偽の内容が混じっていたりするものもありますし、詐欺的な商品に誘導するケースもあるので要注意です。
しかし、今どきの時代ですから、資産形成や資産運用に興味を持つきっかけとして、SNSや動画などを活用するのはよいことです。その際には、一つの情報源をうのみにせず、複数の情報で判断したいですね。また、専門家の知見を参考にすることも大事です。
最適な情報源は、国や自治体が発信しているものです。最近は金融庁などからの情報発信も盛んです。ネット証券などの金融機関が発信する情報も参考になると思います。
また、投資を始めた周りの人の意見を聞いてみることもいいですね。家族や友人、さらに幅広い世代の多種多様な人の話を聞いてみることで、情報に偏りがなくなり、全体像が見えてくるのではないでしょうか。
――しっかり知識を得れば、資産運用にも踏み出しやすくなりそうですね。
幸田:はい、やはり“体験すること”は非常に重要ですね。自分の生活に影響を与えない範囲の少額で、月1000円でも5000円でも1万円でも、投資を始めてみることがよいと思います。最近は、ポイントを使った運用や投資もできるので、まずはそこから試すのもいいでしょう。
また、自分の家計管理を見直したり、今後の生活設計を考えたりすることも同時に行ってほしいと思います。人生100年時代ということも意識して考えていくことが大切です。
考えること、学ぶこと、体験すること、これらをバランスよく取り組むことで、資産形成につながり、経済的な豊かさを得ることにつながるのではないでしょうか。